住まいの情報 ● 百・家・争・鳴

豊かさと思いやり

インテリアコーディネーター 町田 ひろ子

暮らし方にこだわる人が増え、インテリアやリフォームへの関心も高まっています。ぜひ1日でも早く、実現してほしいのですが、実行するとなると現実に戻って、先延ばしてしまうことも少なくないと聞きます。
 今から35年以上も前のこと。家中のしかも全ての部屋から軽快な音楽が流れている。 こんなライフスタイルを実現し、素敵な暮らしをずっと昔から楽しんでいたご夫妻の話を聞いていただきたいと思います。
 カナダに憧れ、交換学生としてモントリオールで開催された万博見学とホームステイの旅先、トロントで体験した出来事です。

夕闇の迫った頃、ホームステイ先のご夫妻は迎えに来てくれ、私を車に乗せ自宅に連れて行ってくれました。暗い中にシルエットだけが見えた住宅の印象は、その時は特に何もありませんでした。ところがガレージに近づくと同時に、音も無く静かにシャッターが開いたのです。当時リモコンの存在すら知らなかったので驚きましたが、それ以上に衝撃を受けたのが照明です。シャッターと一緒に今まで真っ暗だった家全体の明かりが灯り、窓が一斉にパッと華やかになりました。全く予期していなかった事でしたし、誰もいない家からです。一瞬、魔法をかけられた様な気持ちになりました。その上玄関ドアを開け、中に入って更に驚かされたのが、軽快に流れるウェルカムミュージックだったのです。まるで映画のシーンのよう。玄関ホールに下がっていたシャンデリアよりも何よりも、そのホール一杯に溢れる素晴らしいサウンドに感動してしまったのです。
 ご主人自ら部屋を一つ一つ案内してくれ、見せてもらった時ですが、それこそ全ての部屋から音楽が流れている事が分かりました。圧巻だった場所はダイニングキッチンです。
「見てごらん」と言われ見上げると、2つのスピーカーが天井に取り付けてあります。耳に軽やかに音楽が聞こえ、とても気持ちの良い空間でした。「ワイフが音楽が好きなので、楽しく料理をしてもらいたいと思って取り付けた。これは全て私の手作りですよ。」とニコニコ笑いながら話してくれたエンジニアのご主人。それをうれしそうに聞いている奥様の幸福そうな様子も印象的でした。赤ちゃんが産まれるとすぐ子供中心になってしまう日本と異なって、カナダでは家族の中心は夫婦であることを気付かされたのもこの時です。
 さて、その日の夕食はレストランに行こうという事で、軽い気持ちで連れて行ってもらった体験が輪をかけて圧巻でした。又、車に乗って出掛けるのかしらと思いつつ、ご夫妻が案内してくれたのは裏庭。暗闇の後をついて行った行き止まりは、湖のほとりでした。庭が直接湖につながっていて、何とそこにはプライベートクルーザーが停泊されていたのです。私達はそのクルーザーに乗って、対岸のデトロイトにあるレストランまで国境を越えて食事に出かけた事になるのです。そしてホテルのトップフロアの窓から「あれがカナダの私達の住むトロントの灯だ」と言われた時には、涙が出てしまった程です。日本からの単なる交換学生に対するもてなしのスケールをはるかに超えていたからです。この"思いやり、そして豊かさ"には大きなカルチャーショックを受けました。日本の住まい環境との落差も大きいのですが、暮らしの余裕から生まれてくるのでしょうか。何と言ってもご主人の奥様に対する思いやりのある優しさが深く心に残りました。
 こんな素晴らしいご夫婦の家に、ホームステイが出来た私はラッキーです。数日滞在しましたが、毎日が夢のような出来事の連続でした。
 いまでも胸に秘め、大切にしているなつかしい思い出であり、私の仕事を支える原点になっています。"住宅"という言葉より"住まい"という表現に親しさを感じ、"暮らし"を大切にしなければ意味が無いという気持ちが強く働いてしまうのもその為と思われます。
自分たちの"暮らし"を考え、はっきりとした生活観を持って心身ともにより豊かな暮らしの実現を目指し、住宅の設計やインテリアをデザインしていくという欧米の住まい。そのキッチン、ダイニング、寝室、ユーティリティ、リビング、玄関、ガレージ・・・等インテリアのエレメントもライフスタイルを通して知ることは、豊かな暮らしを実現するためには欠かせないことだと思うのです。ライフスタイルはその人達の生き方そのものです。
 バンクーバーから始まったモントリオールまでの各都市でのホームステイ体験。カナダは州の集合体とはいえ、州それぞれが独自の文化を持った多民族の集合体であるということを強烈に肌で感じた旅でもありました。
 1ヶ月滞在したモントリオールは、フランス語で話している市民達。カナダの中にフランスと言う国があるようでした。
 フランス人はグルメの人が多いとは本で読んだことはありましたが、モントリオールでは深夜12時に大きなダイニングキッチンの大テーブルに集合して、寝る前の食事をホームステイ先の家族達と食べた時には、これが毎晩続いたら肥満になってしまうだろうと思ったものです。
 各都市で出会う人、町すべてが物珍しく、カルチャーショックの連続でしたが、やはり一番強烈に印象に残ったのがホームステイです。
 多感な年頃に多くのホストファミリーの人達と触れ合い、ホームステイしながら交流を持った経験は、何にも変えがたい素晴らしい出来事でした。
 日本は豊かな国になったと言われます。世界のものが居ながら手に入れる事が出来るようにもなりました。そんな中、少子高齢社会を迎えようとしていますが、暮らしの豊かさを実感している人は少ない気がします。ホーム・スイート・ホーム作りは思いやりから始まる暖かい暮らしです。
 こんなライフスタイルを提案したいと願っています。

町田 ひろ子 経歴 ― Hiroko Machida ―

公的委員 国際インテリアコーディネーターユニオン(IICU)会長/
国際インテリアデザイン協会(IIDA)名誉永久会員/
(社)インテリア産業協会・関東甲信越支部運営委員/
(社)全国産業人能力開発団体連合会理事/
NPO屋上開発研究会理事/
東京商工会議所女性会会員/
輸入住宅産業協議会副会長/
長崎総合科学大学客員教授
代表作 フォーシーズンズホテル東京「椿山荘」(インテリア設計)
西海橋コラソンホテル(総合プロデュース)/
ホテルアソシア高山リゾート(インテリアデザイン)/
青山ラピュタガーデン・レストラン(インテリア設計)/
名古屋アソシアマリオットホテル(インテリア及びFFE実施設計)
WAC IN 長崎・特養棟他(インテリアデザイン・デザインコンサルティング)
その他多数
著書・監修他 「インテリアコーディネートの常識」翻訳・監修/
「ホームファニシングブック」翻訳・監修/
「インテリアコーディネータになれる本」(大和出版)/
「インテリアコーディネートの100ポイント」(学芸出版社)/
「インテリアコーディネートの実際」翻訳・監修/
「インテリアスタイルの技法」翻訳・監修/
「元気で美しく生きる住まいの知恵」(ぎょうせい)/
「Beautiful Barrier−Free」翻訳・監修/
「福祉住環境コーディネーターになる本」(大和出版)/
「あなたもなれるインテリアコーディネーター」(大和出版)

【まちだ・ひろこ】

インテリアコーディネーター

武蔵野美術大学産業デザイン科を卒業後、スイスで5年間家具デザインを研究。'75年にアメリカ・ボストンへ渡り、「ニューイングランド・スクール・オブ・アート・アンド・デザイン」環境デザイン科を卒業。'77年に帰国し、日本で初めて「インテリアコーディネーター」のキャリアを提唱。 '78年に「町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー」を設立。 '85年「学校法人町田学園」設立。現在全国7校のアカデミー校長として教育活動に努めている。また一級建築士事務所(株)町田ひろ子アカデミーの代表取締役として、インテリア・プロダクトデザイン・環境デザインと幅広いジャンルのプロジェクトを手掛けている。'00年からはインテリアコーディネーターなど住環境関連のスペシャリストを派遣する人材派遣会社(株)アイシースタッフの会長も務めている。
http://www.machida-academy.co.jp/