住まいの情報 ● 百・家・争・鳴

終の棲家 2006
〜心豊かな人生を全うするために〜

一級建築士・インテリアコーディネーター 溝渕 木綿子

溝渕木綿子さん編著の「住まいの管理手帳」
(マンション編) 、(戸建て編) を好評発売中です! ぜひご利用ください。

はじめに

人生の最期の時間をいかに過ごすのか

少子化・高齢化(※)が進んでいます。日本が世界一の平均寿命であることは誇らしく、長寿社会はとても喜ばしいことですが、これからは『多くの高齢者が長い余生をいかに自立して、穏やかに過ごすのか』が、わが国全体の大きなテーマとなります。高齢者が活き活きと暮らすことは、単に高齢者だけの問題にとどまらず、社会全体を活性化させます。
 そして、長い老後の生活の安定と共に、それぞれの人が抱える究極のテーマは『人生の最期の時間をいかに過ごすか』ということです。遠い将来であるにせよ、誰もが必ず通る問題です。そこで、今回は、終の棲家について考えてみたいと思います。

「日本の年齢3区分別の総人口に占める割合」では、1999年に65歳以上人口が15歳未満人口を逆転して上回り、2005年には子供13.6%、高齢者21%(6%以上の差)。

2006年6月3日総務省統計局「平成17年国勢調査抽出速報集計結果」より

これからの老後を考えるためのキーワード

自己責任

これからの社会は、高齢者を支える若年・中年層が減り、社会保障費用の負担などの面での不安は拭いきれません。国や地方公共団体の財政逼迫に対する懸念もある中、国が保障できる範囲は限定されます。そして、社会の方向性が、個人個人が自らに責任を持つことを原則とする「自己責任社会」に向かっていることも拍車をかけ、老後のあり方を個人が主体的に選択することが求められ始めています。すなわち、一人ひとりがそれぞれに情報を積極的に集め、自ら考え、責任もって判断しなくてはなりません。

一人で生きる

 「老後を一人で生きる」と言われると、少し寂しい気持ちになるかもしれません。しかし、ふと見回してみると、非婚者も増え、離婚率も高くなり、また子供を持たない世帯も増えています。家族形態の縮小化が進んでいくに従い、これからの社会では、一人で住まいながら老後を生きるための準備が必要になるでしょう。
 一人で生きることを考えると、住まいを相続する必然性が薄くなります。これまでは当然、同居家族や子供達に住まいを遺すことを前提としていましたが、相続しないという前提に立ち、「自分が所有している住宅をいかに存命中に本人が有効活用するか」という新しい展開も見えてきます。  さらに、2000年4月に介護保険法が制定されたように、高齢健常期から虚弱期もしくは要介護期に入った際には、同居している家族ではなく、公的な介護(他人から享受する介護)への期待も高まります。
 また、独居の高齢者の宅内行動状況を外部から見守り、高齢者の健康状態の変化を推定し、その結果をインターネット等で地域の救急機関や別居家族・親族などに伝達するシステムの研究開発も進んでいます。

住宅すごろくか?住宅はしごか?

 わが国の社会構造は、この半世紀に渡り、戦後復興期以降の高度経済成長、都市への人口集中、絶対的な住宅量の不足を抱えてきました。当然のように地価は上昇し続け、バブル経済が崩壊するまでは、土地は資産形成の手段となりました。そして、庶民にとっては土地付きの一戸建て住宅は高嶺の花となり、理想的な住宅の変遷としての住宅すごろくが人生の目標となりました。

アパート(下宿)→社宅、賃貸マンション→分譲マンション→土地付き一戸建て

住宅すごろくでの理想的な終の棲家は土地付き一戸建でした。しかし、現代の多様化した社会にあって、誰にとっても土地付き一戸建てが理想的なゴールになるとは言えないはずです。ライフスタイルや健康状況、経済状況などにより、人それぞれの理想的な終の棲家があるべきなのです。  日本ではすごろくでゴールが設定される住宅の変遷は、英国では、はしごに例えられます。ライフステージや経済状況に応じ、はしごを上り下りする気楽さで様々なステージを上下に行き来するイメージです。土地付き一戸建てから、最期に賃貸マンションに戻ったり、分譲マンションに戻ったりという柔軟さを大切にしているのです。

社会資本の活用

厚生労働省の人口動態統計(平成17年12月発表)によれば、平成17年の日本人の死亡数は出生数を1万人上回り、約119年ぶりに日本の人口は減少に転じました。そして、今後50年間は人口減少が続くとも言われています。
 人口減少は、年金財政の悪化による社会保障制度の破綻や労働力人口の減少などの大きな問題を抱えていますが、その一方で国土の過密が緩和され、1人あたりの社会資本の質・量の両面での充実が期待できます。子供が少なくなり高齢者が増加するような人口構成の変化に伴い、統廃合で使わなくなった小学校の校舎を高齢者施設に転用する事例も見られるようになっています。
 住まいにおいても、現在ある公営住宅の1階を高齢者向けに改造するなど、既存の社会資本を活用して高齢者の豊かで自立した生活を支援する動きが見られます。一人で暮らす高齢者にとって、民間借家の家賃負担は大きく、家主からの立ち退き要求にも不安があります。高齢者の住みやすい公営住宅の整備には大きな期待がかけられているのです。

終の棲家 新たな方向性 〜リバース・モーゲージ制度〜 

日本におけるリバース・モーゲージ

リバースモーゲージとは、モーゲージ(住宅ローン)のリバース(逆)、すなわち、持家を担保にしてお金を借りる仕組みです。契約終了時(持ち主が死亡した時)に担保となっている住宅を売り、生前の借り入れを一括返済します。住宅と言う資産はあるが現金収入の少ない高齢者等にとって有効な制度です。
 先ほど、これからは「自分が所有している住宅をいかに存命中に本人が有効活用するか」という新しい展開が生まれることを述べましたが、このリバース・モーゲージこそ、その回答となり得る仕組みです。日本の65歳以上の持家比率は90%近くありますから、この制度の潜在マーケットは大きいと言えるでしょう。
 アメリカでは1960年代に導入されましたが、日本では東京都武蔵野市が1981年に導入したのが最初の事例とされています。この時には「住宅は相続するもの」という既成概念が強かったことや、地価が上昇し続けており、これを手放すことへの抵抗感が強かったことなどの様々な理由であまり定着しませんでした。  しかし、現在では先ほども述べましたように、相続という概念も薄らぎ、地価上昇への期待もありません。そこで、日本では近年再び脚光を浴び始め、 2003年度に厚生労働省は低所得世帯の生活保護・福祉政策として、貸付原資の3分の2を補填する「長期生活支援資金貸付(リバース・モーゲージ)制度」を導入しました。
 また、民間の生命保険会社、信託銀行、大手ハウスメーカーなども独自のリバース・モーゲージ制度に取り組み始めています。

最期は自宅で迎えたいという思い

現状では、生活資金に不自由している高齢者が、生活するに十分な資金を手にすることができ、一生自分の持家に住み続けられる可能性を拡げる制度として期待されていますが、今後は持家を担保にして手に入れた資金を、生活資金だけでなく幅広く活用させる方向性も模索されるでしょう。  例えば、その資金で住宅を高齢化対応させることがスムーズにできるような体制は整備されていくでしょうし、あるいは将来は、持家の所有権はそのまま持ち続けて、自分は高齢者向け賃貸住宅に移り住み、持家を賃貸住宅として他人に貸して、家賃を相殺するような仕組みも在り得るのかもしれません。
(財)日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団が2005年に全国に居住する20〜89歳の男女1,078名を対象に意識調査を実施しました。この結果によると、「もし病気で余命が限られているとしたら、自宅で最期を過ごしたいと思いますか」という設問に対して、自宅で過ごしたいと考える人は83.3%にものぼりました。
つまり、それほどに「持家を所有し続ける。いざとなれば、自分の家に帰れる」という安心感が高齢者の心の平安につながるのです。  財団法人医療経済研究機構が発表している終末期医療に関する調査報告では、日本では約80%の人が病院や診療所で亡くなっており、自宅で亡くなった人はわずか16%に過ぎませんので、実際には最期の場所は持家とはいかないようですが、それでも「帰れる家がある」という安らぎは大きなものなのでしょう。

今後の課題

画期的とも言えるリバース・モーゲージですが、今の段階ではまだ課題も山積みです。一般に言われるリバース・モーゲージの3大リスクは、利用者が想定以上に長生きすることによる担保割れ(融資累計額が担保評価額を上回ってしまうこと)、地価下落、金利上昇です。また、推定相続人(現状で相続が開始した時に直ちに相続人となるはずの者、すなわち法定相続人のうち優先順位にある者)とのトラブルに関するリスクも存在しています。  これらのリスクを回避する仕組みを整理しておくこと、また、担保になる住宅の価値を極力下げること(担保価値として例えば7000万円以上の住宅などと言うことになると、ほとんどの人は利用できません)など、積極的に運用できる環境を整えることが期待されています。

終わりに

未来へ向かって生き続けている私達にとって、「終わりよければ全てよし」という言葉が重くのしかかります。今を大切にする気持ちと同じくらい、自分の将来を見つめることも大切です。「今はまだ」の人も、「まさに今」の人も、終の棲家とそこで生き続ける自分の姿をあらためて考える時間を持って頂きたいのです。

【みぞぶち・ゆうこ】

一級建築士・インテリアコーディネーター

住宅問題コンサルタント
消費者に対するすまいづくりアドバイザー
木造住宅を取り扱う様々な書籍の執筆
十文字学園女子大学短期大学部非常勤講師
東京建築士会女性委員会委員 他

新日本製鐵蠏築事業部にて立体トラス設計、海外プロジェクト設計などを担当。その後、蟷埀坤魯Ε献鵐亜プランニングにて住宅技術部門の調査研究並びにISO、知的財産権などの業務情報管理を担当。この間のおもな研究テーマは、新しい木造構法の開発、住宅の性能評価、住宅ストック活用、LCC適正化、住宅の耐震化など。平成17年3月に退社・独立